かがみの孤城

読み終えた感想文です。

上下巻、面白くて2日で読み切ってしまいました。

 

様々な事情で不登校になった男女7名が

かがみの中にある孤城に集まって

1つだけ願いをかなえられるというカギを探す、

その過程で参加者達の不登校になった背景や想いや、

選ばれた共有因子が明らかになっていく、

といった物語。

 

物語の構成とかも自分としては好きなのですが、

何といっても辻村深月さんの作品でやっぱり好きなのは

言葉の表現ですね。

 

自分は不登校ではないにしても、

退職して転職先がない、

しかも29歳病気もちという

人生外れちゃった感あり未来に絶望感ある自分は

とても自己投影しやすかったといいますか、

何か自分が救われるような言葉はないかって

思いながら読み進めていた気がします。

 

そんな中、

自分がこれからも忘れないだろうなと思ったのが、

フリースクールの先生が主人公(こころ)の話を聞いた後のシーン。

 

「『こころちゃんが頑張ってるの、お母さんも私も、わかってる。闘わないで、自分のしたいことだけ考えてみて。もう闘わなくていいよ』

(中略)

自分がしたいことだけ、と言われても、こころは自分が何をしたいのかわからない。

けれど、闘わなくてもいい、なんて考えがあることそのものに全身を包み込まれるほどの安堵を感じた。」

 

自分も今もよく言われるのですが、

ゆっくりしていい、

お前の好きにすればいい

って言葉。

愛情で、優しさで言ってくれていると思うのです。

ただ、

やりたいことなんて特にないし、

そういってくれる人がいる、環境があることにとても感謝しているけれど、

それでも何もしたくない自分は申し訳ないって感じちゃっていたんですね。

 

けれど、闘わなくていいって言葉では、

何かをするにしてもしないにしても

自分の心が傷つくことは避けてもいいし、

無理する必要はないって言われているような気がしました。

闘わなくてもいいんだって思ったとたん

全身の緊張がほぐれたのを今でも覚えています。

 

直接的に

好きなことをしてもいい

って言ってくれる人も想いとしては同じな気がするけれど、

闘わなくてもいい、

の方が自分としては安心できるし勇気づけられると思ったし、

なんだか自分が救われたような気がしました。

 

思っていても思っている通りに言葉が伝わらないことの方がほとんどな気がするけれど、

やっぱり言葉の力ってすごくて、

こういう本当の意味で人に寄り添う言葉を使えるようになりたい、

と改めて感じ、こころが救われた小説でした。